土地に寄り添う
建築家は,打ち合わせの中でいくつかのコンセプトを僕たちに提示した.それらの案の中に,面白いものが沢山あったのは事実だ.だが時としてそれは,素人の僕の目にはいささかコンセプチュアルに過ぎると写ることもあった.
まあそうだとしても,それらの案は建築家としての野心と新しいものを作ろうという気概を感じるものだ.チームとしてより良い形に昇華していきたい.そこで,僕は考えた.
「建築というものがもし音楽なのだとすれば,どうだろうか」
「音楽は,『メロディ』と『リズム』と『ハーモニー』という三つの要素で出来ている.建築に立ち戻って考えると,素人考えであるが『設計』と『土地』と『施工』がそうではないか」
「今,土地はもう決まっている.土地が音楽のリズムや伴奏なのであれば,それに『寄り添ったメロディとしての設計』が良いのではないか.そうすることで,ハーモニーが施工できるのでは」
そんな,わけの分からないことを建築家に話した.
「……ちょっと何を言ってるのかわかりませんね」などと言われるのが関の山かと思ったが,案外どこか腑に落ちたようで,次の打ち合わせで僕の無責任な発言に基づいた案を作ってきてくれたのだった.
「話を参考にしてさらに土地に寄り添った案を考えてみた」と言って彼が出してきたプランのひとつがこれだ*1.
左下から時計回りに一階,二階,三階
土地が台形をしているので,家もその形に寄り添うように台形になっている.台形を受けた形の二階テラス部分は,そのまま斜めの線を作り出し空間に強度を与えている.そのまま大開口でテラスがリビングとつながることで,面白さと広さを感じる気持ちのよい空間を作った.
一階のスタジオは音響的なことを考慮して「離れ」とした.玄関はあえて周回路とすることで,町屋のような奥行きのある遊びが実装されている.玄関のの中央部分には,そのまま通り抜けられるかたちの玄関収納がある.三階は,機能的に区切られた寝室と水周りの生活空間とした.敷地中央の路地部分は,北側に面している公園が借景できるので,二階にはダイニングテーブルを,三階にはワークスペースを配置して,それぞれその景観の恩恵に与る設計になった.
よくまとまっているキレイな案だと思った.そして実際に僕自身は,この案が当初は一番気に入っていた.広いリビングというコンセプトも生かされている.二階テラスに緑を置いて,毎日それを眺めて暮らせれば素敵かもしれないと考えた.間取りや収納にも余裕があるので,あとあとの融通も効きそうだ.
ただ,この案を見た妻は一言「良いけど,しいて言えば飽きそう」と言った.実は,建築家もどちらかというと似たような意見だった.「すこし普通すぎるかも」と.
言われてみれば,オーセンティックすぎるとか,バランスがよすぎるといった欠点があるのかもしれなかった.家に限ったことではないのかもしれないけれど,どこかで「すこし癖がある」モノのほうが「愛しやすい」場合がある.僕は,住みやすさも大事だと思っていた一方で,妻は多少住みにくくてもクセがあるほうが面白くて飽きないという意見だったのだ.
この案も,他になければこれに決まっただろうと思えるレベルだったが,結局のところそんな話の中で,先日ブログに書いた案のインパクトに負けて,消えていった.
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余談ではあるが,こうして僕がコンサバであることと,妻のほうがよっぽどパンクであることが期せずして明らかになってしまったのであった.そして,建築家と妻の意見を聞いているうちに,どうせ建てるならもしかしたら失敗するかもしれないけれど挑戦するのだ,という初心を思い出して,けっきょく僕自身も「(より)広いリビング」案に一旦は傾いたのであった*2.