ディテール:伝声管
忘れられかけたもの
「潜水艦についててさ,ほらパイプを通って声が聞こえるアレをつけたい,ラピュタにも出てくるアレ」
基本設計のかなり最初のころに冗談半分で建築家に伝えた.すると,彼も話に乗ってくれた.
その後プランが何度も変わったり減額調整が厳しくなったりするなかで,なんとなくその話は忘れ去られてしまったようにも思われた.そんななか,いざ最終案のディテール図できあがると,そこには「伝声管」の文字があった.立面図の中には丸い二重円で表された伝声管の絵がはっきりと描かれていた.
(c) mashow
使い心地
使用感もなにも無いといえばそうなのだが,これが結構便利なものだ.
例えば,一階のスタジオに篭って仕事をしていても,二階のダイニングで長男と次男のどちらが何ニンジャーになるのかで言い争いをしている声が聞こえてくる.そこで,「喧嘩するなよ」とラッパにむかって入力すると,ハッとした雰囲気とともに「はぁい」という声が重なって返ってくる.しばらくすると,今度は妻の声で「ご飯できたよ」などと聞こえてくる.
二階ワークスペース部分 (c) mashow
記憶の伝声管
実際に我が家に作りつけられた伝声管が,目の前に天井から吊り下げられている.こうしてそれを眺めていると,何かを思い出す.とても幼いころの思い出が,記憶の地層の奥から掘り出されてくるような気持ちになる.
それは,どこかの科学技術館のような場所にあった伝声管を使って遊んだときのことだっただろうか.むこうがわに母親や兄がいて,こちらには姉と僕がいる.そこで夢中で交わしたはずの会話はもう思い出すことができない.覚えているのは,どこか夢見心地の幼い微熱のような感覚だ.当時,自分が何を感じてどんなことを考えていたのか,今となっては言葉では説明できない.記憶の映像とともにかすかによみがえるのは,言葉以前の衝動のようなものだ.
一階スタジオ部分 (c) mashow
目の前にある伝声管から声がする.はっとして耳を傾けると,どうも夕食を知らせているようだった.
「ぱぱ,ゆうごはんできたって」
鈍く光る鉄パイプを通りぬけて届けられてくる子供の声を聞く.それはどこか遠くから聞こえてくるようでもあり,一方ですぐそばにいる人の声のようでもある.そんな声に向かって返事をする.
「はぁい」
今野絞製作所
鉄パイプをまわしながら引き伸ばしてラッパ型に形成することをどうも「絞り」というらしい.それを手がかりに調べ上げいろいろ探し回ったあげくに,ようやく建築家が見つけてくれたのがここだ.
クールな仕事をしてくれた今野絞製作所にはとても感謝している.自宅にどうしても伝声管を付けたい酔狂な諸氏においてはぜひぜひ,どしどし,じゃんじゃん利用されたい.