羊飼いたちの休日

全力で家を建てたブログ

僕らの世代,僕らの年代

もしくは,いかにしてその建築家は選ばれずして選ばれたのかということについて.

 

 

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家を作ることは難しい.そして,誰もが失敗を恐れている.けれど,実際に家を建てるためには,そういった不安を真正面から覗きこんでみることも必要なのかもしれない.

 

 

 

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去年の夏ごろに,メールが来た.


設計事務所を立ち上げました.何かあればお気軽にご相談を.

 

大学の写真サークルの同期からだった.彼が建築学科を卒業したあと,大きな建築設計事務所でしばらく働いていたのは知っていたが,いつのまにか独立して事務所を開いていたのだった.

 

すぐに妻に相談し,さっそく彼と面談をすることにした.同時に,気になりつつも見送ろうとしていた土地を買うべく動き出した.さらに,銀行の住宅ローンの審査を申し込んだ.「もう土地を買いそうなんですけど」と建築家に伝えて,購入した場合の設計を彼に頼んだうえで,土地も実際に見てもらった.銀行の融資もまとまり,どうにかその土地を買うことができたので,そのままプランの設計が始まった.

 

まだ暑いお盆の季節だった.あっというまに話が進んだので,最初のメールから土地を買うまで,結局のところ一月もかからなかった.

 

 

さて僕は,建築家を「選ばなかった」のだろうか.

 

ある意味ではそのとおりだ.「どたばたとした成りゆきで知り合いの建築家に頼んだ」といっても間違いではないだろう.他の建築家と比較したうえで検討などといったことはやらなかったし,そもそも他の建築家について満足に調べることすらしなかった.

 

そうはいっても,建築に興味がないというわけでもなかった.有名な建築家の名前や主要な作品の一部くらいは知っていたし,その中のいくつかは実際に訪れたこともあった.

 

いずれにしても,例えば安藤忠雄氏に自分の家の設計を頼むかというとどうもそれはリアリティを感じない.かといって,若手の新進気鋭の建築家やもしくは多くの住宅を手がける中堅の設計事務所,もしくは知る人ぞ知るといったような通好みの大御所の設計家など,その他のいろいろな可能性や選択肢について追求する気にもなれなかった.

 

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安藤忠雄設計「住吉の長屋

 

そもそもはじめから「大学同期の彼」に頼むのが一番面白いかもしれないという感覚が僕の中にあった.それはうっすらとした勘のようなものではあったけれど,今思い返してみればそれなりの勝算があったような気もする.

 

確かに,一生住むかもしれない家の設計を駆け出しの建築家に頼むのはいささかリスキーだ,というのが一般論だろう.けれども,だからといって「間違いない建築家」や「定評ある建築家」に頼むのが本当に良いことなのか,それもよくわからないというのが正直なところだ.彼らの作品は,間違いなく魅力的だし,住んだらきっと楽しいに違いない.でも,いざ自分がそれを選ぶとなると,ほんとうにそれでいいのかがわからなくなる.

 

「安心感をもたらす権威のようなもの」は,時として現実から逃れるための「麻酔」のように作用することがある.人間は苦痛に弱い.だから時にはそんな痛み止めも必要かもしれない.夢を追いかける苦しさ,賭けに出るときの不安,無から有を作り出す難しさ,挑戦することの恐怖.そういったものすべてと向き合えるほどには人間は丈夫にできていない.

 

家を建てるのは,誰だって怖い.けれども,あえてその恐怖とタイマンはってみようか,などと生意気なことをはたして僕は考えていたのだろうか.今となっては,はっきり思い出せない.ともかく,せっかく建てるならその不安と真っ向から勝負してみたくなるのもまた人間というものかもしれない.だから,僕はあえて定評や安心を基準に建築家を選ぶということはしなかったのかもしれない.

 

勝負の行方がわからない試合が面白いのだ. 家を作るのは,だいたいが難しいことだ.誰が設計して誰が住んだって,家づくりなんてどうせどこかで少しは失敗する.でも,多少うまくいかなくてもそれで誰かの人生が終わったりするわけでもない.だったら,同世代の建築家と組んで,三十代なりの慎重な大胆さで挑戦してみたほうが楽しいにはちがいなかった.

 

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冬の吉島家住宅にて,建築家と

 

結局のところこうして僕は,建築家を選ばなかった.より正確に言うならば,ほとんど選ぶという作業を経ずに建築家を決めた,ということになる.いや,それもすこし違うかもしれない.建築家を選ぶことよりももっと面白そうなものを信じて,それを選んだ.たぶんそういうことなのだ.

 

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