銀と青のフィジックス
五月の連休に
前から気になっていたことを試してみた。オーブンを用いたコーヒーの焙煎が出来るか。
最初にこのアイデアを思いついた時、私は思った。これは天才のアイデアではないか。
そんな独創的なアイデアを思いつく人がわたし以外にこの世に存在するだろうか。
軽やかに豆を選ぶ。
先行研究がないか、念のため確認しておこう。先日紹介した基本文献には載っていない。ふむ。
先日わたしが日本で初めて報告した*1Vandolaだってこの本には載ってな――ピンポーン、えー伊敷高井圭さん、のお宅で?アマゾンです。
The Blue Bottle Craft of Coffee: Growing, Roasting, and Drinking, with Recipes
- 作者: James Freeman,Caitlin Freeman,Tara Duggan
- 出版社/メーカー: Ten Speed Press
- 発売日: 2012/10/09
- メディア: ハードカバー
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私は意識高い系なので、当然英語の原著である*2。「高すぎて地上から確認できない」などと最近では知人からもしばしば苦情が来る。
さて、オーブンの予熱だ。暇だし一応 "How to Roast Coffee at Home" の項目でも読んでおくか。
ふむふむ。まずは一行目にこうだ。
家庭においては、オーブンでの焙煎がもっとも基本的です
欠点豆
有名な話ですよね、ほら、歴史は繰り返すものだっていう。人間が思いつくようなことのほとんどは、すでに人間が思いついたことなんですよね。
まあよい。それならそれで、先行研究によって得られた素晴らしい知見の数々も集積していることだろう。多くの犠牲を伴ったであろう人柱的*3な努力の山が築かれていてこそ、私のような平凡な初心者であっても安らかな心もちで初めての焙煎に挑戦できるというものだ。
というわけで、ベルタゾーニで遊ぼう企画第四弾です。
オーブンで自家焙煎
Blue Bottle Craft of Coffeeの本に書いてある家庭での焙煎レシピそのままでやってみる。Blue Bottle本のレシピの要旨は 「コーヒーは楽しい」にある記載と実は大差ないので興味がなければ特に読む必要はない。表紙がわりと銀色で一部青いなと確認する程度で十分である。
焙煎
まずはシティローストなるものに挑戦しようと思う。
シティロースト、なんだろうか。そうだな、最近シンバルメーカーのZildjian社が、「City Pack」というネーミングの小径シンバルセットを出したが、ああいう感じか。ミニマムでオシャレな。マンハッタンの高層ビルに住んでいるけど、部屋には小径のドラムセットがある、みたいな。キレイにまとめたいのか夢を持ちたいのか分からない、逆説的にアンビバレントな洗練をね。そうなんだろ?シティロースト。僕らのアーバンブルース、シティロースト。
豆はグァテマラ。
温度と時間
温度が大事だ。温度は260℃でとはっきり指定されている。なお、ベルタゾーニの目盛は250度までしかない。イタリアンだな、これはイタリアンブルースだ。
十秒ほど開けるだけで炉内手前部分の温度が十度ほど下がる。
確認と撹拌。
さて佳境、ここからの十分間は焙煎した人にしか見ることは出来ないし聞くことも出来ない。
……などと言いたいところではある。 だが現実には、写真を撮っている余裕がなかっただけである。音を聞いて、色を見て、匂いを嗅いで、豆の状況を推し量って、考えて、あとは焙煎を止めるタイミングを自分で決める。
収穫
時間が大事。レシピには十秒単位のスケジュールが書かれている。で、十二分の焙煎時間を予定していたが、実際には十四分くらいになった。二分ズレたが大丈夫だろう。ブルースのリズムはレイドバック感が大事。気にせず豆を回収する。
空気で冷ましながら、チャフを取り除く作業を急ぐ。
五月の空気に絡め取られるように、はらはらとチャフが落ちていく。
なお、いろいろ用意したが結局この作業には竹ザル以外は特に必要ないことが分かった。ブルースもたった十二小節しかない。シンプルでよい。
どうみても、いい焼き具合である。
観察
レファレンスとして、百塔珈琲のグァテマラシティローストと見比べてみる。
(左から)取り除いた欠点豆、取り除いたピーベリー、今回の自家焙煎、珈琲店の焙煎済み豆
どちらも同じように膨らんでいる。焙煎するとずいぶん膨らむんだ豆って。知らなかった。
色合いは、自家焙煎のほうがやや濃い。我々は当初シティローストを予定していたが、この色合いはフルシティかもしれない。
焼きムラはある。オーブンに入れた丸い平ザルがやや小さかったので、豆がザルのエッジ近くまで広がっていた。焙煎中に観察する限り、ザルの縁に近い豆の焙煎が早く進む。このエッジ効果のようなものの影響もあるだろう。
もはや堂々たるフルシティ感を感じる
そのままの状態で、ランダムに選んで並べてみた 。焙煎後のハンドピックはしていない。
ほとんどチャフは取れている。竹ザルに入れてゆすっただけなのに。素晴らしい。こうして見てもやはり焼きムラが明らか*4だが、ブルースだから問題ない。クラックは軽度。割れた豆は一つもなかった。最高だ。
重量変化
100gの生豆のうち欠点豆は7g。
ピーベリーが8g。併せて15g。
残りが今回焙煎に用いる85g。
焙煎後72g。消えた15%はブルースの魂。やかましい。
しばらく寝かすともっと美味しくなるという。が、我慢できずにさらっとAEROPRESSで淹れてみた。ガスで膨らみすぎて物理的に淹れにくいが、味は良い。とても旨い。
補遺
Blue Bottleの本には、穴の空いたオーブン用天板を用いるように書かれている。ない。ので、手持ちのものを改造して用いた。
既存の穴をタッピングして、ビスを通した
三本のビスが脚となり、下に少し隙間ができる
85gの場合、直径22cmの「丸バット」と「平ザル」でギリギリ。
ベルタゾーニにぴったりサイズの穴開きトレイを探してみたが、買うならこれが合いそうだ。楽天などでも売っている。
追記:買ってみた。このトレーがベルタゾーニのトレー枠に入るか入らないかで言えば、入る。ただ若干コバの幅が足りないので、真っ直ぐ入れるのは少しだけコツが要る感じだ。
漂白できない身体性
ときに珈琲の焙煎はフィルムの現像と似ているところがある。自分でフィルム現像を試してみたことがある人はわかると思うのだが、同じようにやっても人が違えば違うネガになることは珍しくはない。濃度、トーン、シャープネス。焙煎も手を使う以上、似たようなことが起こる。
人間は、身体という避けられない物理現象に依存して成立している。その物理性の不可避さの集合が、ハロゲン化銀が還元されて結像したネガのトーンになり、シルバースキン*5を脱いで香りはじめる豆のアロマになる。逃げられない身体が生み出すブルースになる。
さて、以上で終わりだ。妻にも感想を聞いてみた。
「感想?これ楽しいね!」